避難先の地で始まった挑戦 「SDGsの実践」の場づくりーーNPOパートナー協働事業
JR郡山駅から車で約30分、福島県中通り中部に位置する逢瀬(おおせ)町。赤や黄色に色づいた山々のふもとに「山の農園」と呼ばれる場所があります。2021年11月、この農園に地域住民や日本全国から20人ほどが集まり、野菜を収穫して料理を作ったり、釜でピザを焼いたりしながら親睦を深める「けやきの木のつどい」が開催されました。
広大な畑には、にんじんやピーマン、サツマイモなどの野菜、ブルーベリーの木などが植えられています。季節ごとに変わる野菜や果物、米を育てるのは、心身に障がいのある人たち11人。2011年3月11日以前は農業を生業としていましたが、原発事故の影響で避難を余儀なくされ、「いつか故郷に戻ってもう一度農業がやりたい」という夢を持っています。
山の農園を運営するNPO法人しんせいは、21の障がい者団体等が集まって設立された「JDF被災地障がい者支援センターふくしま(当時)」の構成メンバーの一つで、2011年10月から避難した障がい者の集いの場づくりを開始。2013年からは就労に力を入れるようになり、お菓子や雑貨などを作って販売するプロジェクトを実施しています。しかし近年、復興事業の陰りもあり、売り上げが減少しています。
「復興事業に頼らない、新しい取り組みが必要」。そう考えたしんせい代表の富永美保さんは、これまで培ってきた企業やNGO/NPO、市民、研究者などとのネットワークを生かした新しい取り組みとして、2020年に「山の農園」を開始。障がいのある人々が、支援されるだけでなく地域に貢献しながら、地域の一員として成長していくために、郡山・逢瀬の「遊休地の急増」という課題に焦点をあて、課題解決の場として農園を活用していく計画を立てました。
「豊かな自然を体感しながら持続可能な循環モデルを手作りし、域内外の人が訪れたくなる環境をつくる」。そう話す富永さんらは、これまでに規格外の野菜を使ったカレーの製作・販売、電力や薬品を使わずに微生物の力を活用する排水浄化循環装置「エコロンシステム」の導入などを通じて、持続可能な循環のサイクルにチャレンジしています。そして、これらの取り組みをしんせいのメンバーだけでなく、できるだけ多くの人と一緒に作り上げていくため、「福島の大自然を体感するSDGs研修」と題した企業向けの研修を実施。都会で暮らす企業の社員が自然の中で利用者と一緒に火起こしや料理をしながら自給自足のライフスタイルを体感でき、「SDGsの実践」と称されています。
コロナ禍で県外からの参加が難しい状況の中、2020年からは近隣の地域住民の参加が増えています。例えば、この日集まった人の中に、原発事故後、郡山に戻って有機農業を始めた株式会社agrityの小野寺淳さんがいます。「生まれ育った逢瀬町を有機農業で元気にしたい。そのためにしんせいとの連携は不可欠」と話す小野寺さんは、原発事故で避難生活を続けるしんせいと障がい者の皆さんが逢瀬町を第二の故郷と思ってくれたら、と願っています。また、郡山市で建築事務所を経営する黒澤昌広さんは、「障がいのある人たちが作ったアート作品にひかれた」と、農園敷地内の作業所「ハニカム」などの設計・建設に協力しています。
また、郡山市にあるあさか開成高校の生徒たちも、畑の草刈りやピザ窯作りなどのボランティア活動に参加。海外研修や部活の大会など学校やクラブの行事が軒並み中止となる中、山の農園の活動を通じて、地域の人々と一緒に活動し、「たくさんの学びがあった」「充実した時間を過ごせた」と話しています。
「SDGsの17のゴールのうち、これまで私たちは”人権”に関わる活動は続けてきましたが、”環境”についての取り組みは不十分だった。後世に残す持続的な社会を自分たちの手で作っていくために、この農園の取り組みを軌道にのせ、たくさんの人が集う発信基地としたいのです」と話す富永さん。けやきの木のつどいの夜の部の意見交換会では、県外からも多くの企業やNPO、研究所のスタッフなどがオンラインで参加し、農園運営に関するアドバイスや期待の声が寄せられました。
富永さんらは当初、「いろいろな人が来ることで刺激を受けられる一方、利用者にとっては精神的な負担になるのではという心配もあった」と言います。しかし、蓋をあけてみると、回を重ねるごとに利用者の皆さんがホスト役を努め成長している姿を見られるようになってきたそうです。
東日本大震災から10年以上ーー。原発事故で故郷を追われた障がい者の人々が地元に帰る目処はまだ経っていませんが、避難先の地で地域の人々とともに生きていくための新しい挑戦が始まっています。
Civic Forceは東日本大震災「NPOパートナー協働事業」を通じて、しんせいの「山の農園」の取り組みをサポートしています。
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