【#わたしの 3.11 受賞インタビューVol.6】「大丈夫、私が未来へ語り継ぐから」
東日本大震災発生から15年となる今年3月、Civic Forceは公募企画「#わたしの3.11 〜15文字のメッセージ」を実施しました。世代や地域を超えて、たくさんの方からメッセージをお寄せいただき、一般部門とユース部門合わせて1,069作品が集まりました。ユース部門の「佳作」を受賞した高校3年生の森 美惠(もり みさと)さんにお話を聞きました。

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───受賞おめでとうございます。まずは「#わたしの3.11」に応募したきっかけや理由を教えてください。
釜石公民館(岩手県)にあったコンテストのチラシを見たのがきっかけです。「15文字でメッセージを伝える」という企画がおもしろそうだな、やってみようかなと思い、応募することにしました。
───2011年3月11日も釜石市にいらっしゃったとのことですが、もし覚えていましたら、差し支えない範囲で当時の様子を教えていただけますか。
はい、あのとき私は3歳でした。地震発生時は、病院の中にある保育所にいました。母はその病院で看護師として働いていたので、母と一緒に避難しました。避難先の公民館で車中泊をしたことなどは記憶にあるのですが、それ以外はあまり覚えていないです。
───その後、ご自身の成長とともに、3.11に対して芽生えた思いや心境の変化はありましたか。
小中学校の時に総合的な学習の時間などで3.11のことを学ぶ機会がありました。その時に、自分が覚えてないことや、知らなかったことを知っていくうちに、もっと知りたいなという気持ちが湧いてきました。それで、高校生になってから釜石高校の有志による防災活動グループ「夢団」に入団したんです。震災を伝承するグループですが、そこで語り部に挑戦しました。母の震災体験を語ってみようかなと思い立ったからです。
───それは素晴らしいですね。いろんなところで語り部の活動をされてきたかと思いますが、実際に活動してみてどんな収穫がありましたか。
釜石には震災後、復興スタジアムが建設されましたが、そこでラグビーの試合がある時などに、来場者の皆さんに向けて語り部の活動を行いました。語り部の文章を考えるうえで、前々から語り部をしている大人の方や先輩のお話を聞くうちに、3.11のことをどんどん深く知れたことが得るものとして一番大きかったです。
───今回お寄せいただいた15文字のメッセージ「大丈夫、私が未来へ語り継ぐから」は、ご自身の語り部の活動が関係しているということですね。どんな思いでこの作品をつくったか教えてください。
私は震災当時の記憶がほぼないので、語り継ぐということに関して、記憶がないのに語ってもいいのかなという葛藤があったんです。でも、夢団の語り部活動をしていくうちに、記憶がなくても語っていいんだ、未来に語り継ぐために自分が知ろうとすればいいんだ、と考えるようになりました。
この先、3.11が忘れ去られてしまう可能性もあるので、私が語り継がないと風化されてしまうなと思ったんです。記憶がなくてもいいから、「私が語り継ぎたい」という気持ちを今回の15文字のメッセージに込めました。
───素敵なお話をありがとうございます。森さんの作品とそこに込められた思いは、まさに希望であり、未来につながっていくなと感じました。
───最後に、日頃から災害に備えて意識していることや取り組みがあれば教えてください。
取り組みとしては家族で避難場所を確認したり、防災リュックを用意したりなどを行い、防災を心がけています。
───貴重なエピソードをお話しいただき、誠にありがとうございました。
ご自身やご家族の被災経験、語り部として活動してきた実体験から生まれた15文字のメッセージ。自らの語り継ぎによって震災の記憶を風化させまいとする力強い意志が森さんのお話からひしひしと伝わりました。この春からは故郷を離れ、東京の大学に進学する森さんの、ますますのご活躍をお祈りいたします。

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