未来の漁師を育てる"うみのがっこう"(前編)
震災後、東北の沿岸部で漁師の担い手不足が深刻化しています。
岩手県釜石市に位置する箱崎半島地区もその1つ。地域住民の大半が漁業に関係した仕事につく古くからの漁業集落です。「地域で活躍する漁師の多くは60、70代。若手もいるけれど、その間の40、50代が少ないですね」と話すのは、漁業者の担い手育成に取り組むNPOおはこざき市民会議の代表・佐藤啓太さん。自身もこの春から漁師となるべく、漁師の親方の元で漁業を始めた担い手の1人です。
おはこざき市民会議の活動地域は、釜石東部漁協管内8地区の漁業集落(両石・桑の浜・仮宿・白浜・箱崎・根浜・片岸・室浜)。ウニやアワビなどが採れるほか、ホタテやワカメの養殖も盛んな漁場です。しかし東日本大震災では家屋や人的な被害の他にほとんどの漁船が流出し、漁業者も大きく減少するなど大きな打撃を受けました。おはこざき市民会議は震災後に各地区の代表者などが集まって結成され、行政と連携した復興まちづくりや産物の商品開発、漁業者の担い手育成を行ってきました。多くの漁師が活動に携わっていますが、それでも他地域と同じく高齢化が進んでいます。
<小中学生の漁業体験を行う箱崎漁港>
おはこざき市民会議が行う担い手育成は、主に小中学生への漁業体験の提供です。養殖場の見学や漁船に乗る体験はもちろん、ホタテの貝殻についた海藻や貝を落とす「はたき」体験やワカメの収穫、ワカメの種まきなど時期に応じて漁師の仕事を体験できるプログラムを用意しています。子どもたちはホタテの大きさに驚き、一番人気は漁船に乗る体験だといいます。漁業に興味を持った大人の新規受け入れや移住定住などは行政や他団体が行っていますが、まずは子どものうちに地域の漁業に触れて、興味を持ってもらおうと活動を行ってきました。「子どものうちに少しでも漁業の現場や地域を学ぶ機会がないと、成長して職業を選ぶときに、そもそも選択肢にすら入らないのでは」と地元はもちろん岩手県内外からの体験を積極的に受け入れています。
<ホタテのはたき体験>
地元や沿岸部に住む子どもたちにとって、海はすぐ近くにあるもの。しかしそれでも海や漁業に接する機会は多くないと言います。親世代に漁師が少ないため、生活の中で漁業に触れる機会は少なくなりました。震災後、海岸の整備が続くなどして、海で遊ぶ機会も減少。食卓での魚離れや、流通の問題から獲れた魚が地元に多く流通しないなどの課題も重なって漁業を学ぶ機会は多くありません。「漁業者の担い手不足の原因の1つは大変さや収入の不安定さ、そしてそのイメージが強く地元の人たちにも根付いていることだと思いますが、そもそもそんなイメージすらなく、漁業ってどんなことをするんだろうという子どもたちも多くいると思います」。
佐藤さんが話すように、担い手不足の理由の1つに、漁師は収入が安定しない職業として敬遠されていることがあげられます。
「現役の漁師さんでも自分の子どもに、漁師はきついし、収入が安定しないからと継ぐことをすすめないことも多いです。自分も漁師になると言ってから大変だからやめた方がいいと周囲に言われたことがあります」。
近年、漁獲量の減少は全国的な問題です。釜石でもサケの漁獲量減少、震災の影響で海の環境が変化しホタテの貝毒の数値が上昇するなど漁獲量が安定しないという課題があります。加えて世界的には人口増加で魚の需要が増すものの、日本国内では食卓での魚離れが進み、価格競争の中で水産物の価値は低いままです。昨年からはコロナ禍により飲食店の需要が減ったことが追い打ちをかけました。収入が不安定な一方で、燃料費も年々高騰し、漁船や養殖設備など設備投資も必要です。
おはこざき市民会議では漁師の安定収入に繋げようと、特産品の開発や漁業体験で観光客を呼び込み、海産物の販売などにも取り組んできました。地域でも養殖技術の向上や稚魚の放流など様々な取り組みが行われており、厳しい現状を変えていくためにも若い担い手が今後必要とされています。「地域の豊かな自然や文化の中で仕事ができる。大変なこともありますがその分やりがいや面白さも大きいです」。大変なイメージだけではなく、漁業の重要性や面白さを子どものうちから知ってもらい担い手育成に繋げたい、と考えています。
<事務所兼加工場。イベントやギフトシーズンにはここで加工品を製造>
若者が漁師にならないもう1つの理由に、佐藤さんは漁師になるプロセスをあげます。「漁師になるために大切なのは、まず地域に馴染むことです」。
漁師になるには地域の漁協に加入し、漁業権を得ることが必須。いくつかの手続きや条件を満たせば、新規参入者でも漁業権を得ることができますが、そのうちの1つが地域で90日間、漁業関連の就業実績を積むことです。また漁協で組合員として認められることも必要になります。家業を継ぐ場合は親世代のもとで働くことができますが、新規就業の場合は行政や漁協などを通じて親方を探し、働くことになります。地域に入り込み、地元の漁師から技術を教えてもらい、周囲に認めてもらう。水産会社に就職して漁師になる方法もありますが、どちらも地域に溶け込んでいく必要があります。
「まず地域で経験を積むことが必要。子どもの頃から少しでも地域に触れて、馴染んでもらったほうが、新規参入するハードルが下がるのではないかと思います」。そもそも漁師になるプロセスを知らない子どもも多い中、漁師という職業そのものを伝え、地域全体に興味を持ってもらえるような体験を提供しています。
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