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東日本大震災 3 11を忘れない 新・夢を応援xNPOパートナー協働事業

【インタビュー】原発事故の記憶と人々の思いを語り継ぐ「おれたちの伝承館」

2011年3月11日の原発事故で全住民が避難を余儀なくされた福島県南相馬市小高区。2026年夏、小高区は2016年の避難指示解除から10年を迎えます。Civic ForceのNPOパートナー協働事業では、2026年4月、小高駅近くの私設美術館「おれたちの伝承館」(運営:もやい展実行委員会)をサポートするプロジェクトをスタートしました。

伝承館館長で、もやい展実行委員会代表の中筋純さんと、事務局の相原あやさんに、同館の設立経緯や意義、今後の展望について聞きました。

 

───「おれたちの伝承館」、通称「おれ伝」はどんな施設でしょうか?

おれたちの伝承館は、2011年3月11日の東日本大震災と福島原発事故の記憶を伝える、常設の伝承アートミュージアムです。地域住民の協力によってつくられたDIYの手づくり美術館で、常設展にはプロの芸術家から元原発作業員、主婦まで、多様な表現者約25人による作品や、福島第一原発事故の被害・変遷を伝える資料など約100点を展示しています。
原発事故の不条理や命の記憶をテーマにしたアート作品が中心で、常設展以外にも、人と地域を結び直すための企画やイベントをたくさん実施してきました。


「おれたちの伝承館」の「おれ」とは、福島県浜通り地方で性別を問わず日常的に使われる一人称で、原発事故は特別な専門家や組織だけが取り扱うテーマではなく、「私も、あなたも、みんなが『おれ』である」という意味を込めました。また、原発事故や震災の記憶が風化していく中で、権力や公的な記録に頼るだけでなく、訪れた人も含めてそれぞれの記憶を言葉やアートなどの表現で語り継ぐ場所を目指しています。




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Civic Forceでは2026年4月、スタッフ研修の一環で福島を訪れ、伝承館にもお邪魔しました。館内は絵画や写真、彫刻など、視覚や心に訴えかける作品が多く並んでいます。

伝承館に入ってすぐ目に飛び込んでくる、吹き抜けの空間に配置された彫刻「鳳凰」と巨大な天井画「命煌めき」。「命煌めき」には、原発事故後に死んでいった牛や馬、海、そして今を生きる人々やペガサスが描かれています。異なるアーティストによる作品ですが、この場所で共に存在することで、互いの存在感を高め合っているように感じます。畳に寝転んで、何時間もこの二つの作品を眺めて過ごすお客さんもいらっしゃいます。

警戒区域に取り残され、飢えから牛舎の柱をかじりながら餓死していった子牛たちを和紙で再現した立体造形作品もあります。福島で実際に起きた出来事を、アートで表現することによって、単なる記録ではなく、見る人の感情や身体感覚にまで届く体験として伝えられたらと考えています。

───中筋さんは館長でありながら、カメラマンとしても活躍されています。これまでのどんな活動が美術館の創設につながったのでしょうか?

私は雑誌の編集者として旅の情報誌などをつくっていましたが、2007年、産業遺構撮影の一環として初めてチェルノブイリを訪れ、20年以上もの間、時を止めたままの風景に衝撃を受けました。

その後も現地を訪れ、撮り溜めた写真を日本国内で発表しようと準備していた矢先、福島原発事故が起きました。東京から福島へ通い始め、誰もいなくなった町に動物や草木、虫たちが群がり、一見のどかな風景の中に深刻な問題が存在する。そんな写真を撮影してきました。

2016年から全国50カ所で巡回写真展「流転~Fukushima&Chernobyl~」を開催し、その後も練馬区立美術館や金沢21世紀美術館などで継続してきました。2022年夏には、若手・海外アーティストを招いた「もやい.next」を開催。こうした活動を通して、福島原発事故をテーマにした複合アート展「もやい展」の構想が生まれました。


───「もやい展」は何を目指して続けてきたのでしょうか? また、人口が減った小高で常設の美術館を誕生させたのは、なぜでしょうか?

もやいとは荒縄の強い結びの名称で、人々の結びつきやつながりも意味する言葉です。原発事故は私たちの大切な「もやい」を切り裂き、人々の間に深い分断を生んでしまいました。私たちのような表現者にとって、福島の原発事故は避けて通れないテーマですが、表現者の「もやい」が集まれば、分断の溝が生み出す沈黙を打破できるかもしれない。そんな思いで、もやい展を展開してきました。

 

5年以上にわたって続けてきた展示会を通じて、 公共の展示施設を借りて設営、運営、撤収のすべてを市民ボランティアで行うスタイルができていきました。資金は助成金やクラウドファンディング、現地カンパによって調達し、展示活動を続けていく中で、記憶の風化や次世代への継承の課題が浮き彫りとなり、より長期的な視点での活動が必要と考えるようになりました。

 

小高は、2016年に避難指示区域が解除されましたが、現在も住民の多くが様々な形で原発事故後の暮らしを模索しています。小高の人口は現在約4,500人。震災前の半分以下に減り、高齢化率は50%に達しています。人口減少が進む地域だからこそ、あえて現地に足を運び、作品を通じて福島で起きた個々のリアルを体感してほしいと思いました。



───開館から2年半が経ちますが、どんな人が訪れていますか?

2023年の開館以降、2026年3月までの来館者は8,000人以上になります(最新の数字確認)。「メディアでは報じられていない事実がある」「この美術館が気になって足を運んでみた」「地元の人と交流できた」といった感想やコメントをもらい、運営を続けていく上での大きな励みになっています。

 

また、この美術館は、小高にある双葉旅館の女将である小林友子さんの協力を得て、空き倉庫だった建物を改修して開館しました。まずは建物の除染作業から始まり、地域の皆さんの協力を得て完成した美術館は、地元の人が気軽に立ち寄れる、にぎやかな場所にしたいという思いもあって、最近は地元の人向けのワークショップやイベントも頻繁に開催しています。

 

2011年の原発事故があった日に生まれた子は今、高校生。修学旅行や野外学習の一環で訪れる高校生もいますが、あのときの記憶が全くない世代が増えていく中、若い世代に伝えていく必要性を強く感じています。

──Civic ForceのNPOパートナー協働事業を通じて、どんなことを実現したいですか?

伝承館の活動を地域に根付かせ、長期的に継続していくためには、来館者の増加や地域の皆さんとの関係を深め、担い手の育成と安定的な運営基盤の確立が不可欠です。現在、小高区では人口減少と高齢化が進み、地域活動の担い手不足が深刻な課題となっていますが、地域住民や若い世代が関わる機会を増やし、次世代へと活動を引き継いでいく仕組みをつくっていく予定です。

パートナー事業では、地域の方が気軽に出入りできるような環境をつくるため、醤油搾りや染物、音楽、ファッションなど、地域の皆さんの表現活動や交流の場として、ワークショップやイベントの回数を増やしていく予定です。また、市の広報誌や行政区の回覧板への掲載、WebページやSNSの拡充、紙媒体の設置場所の増加など広報を強化していきたいです。

また、原子力災害考証館furusato(いわき市)やヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマ伝言館(楢葉町)、東日本大震災・原子力災害伝承館(双葉町)、震災遺構請戸小学校(浪江町)など、これまで連携してきた近隣の伝承施設との連携をより一層強め、来館者の増加につなげていきたいです。そうすることで、まだ終わっていない震災・原発事故について理解を深め、誰もが「自分ごと」として3.11を捉えられるようになればと思います。

・Civic ForceのNPOパートナー協働事業と「伝承」の取り組み

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